音聞山の家:捨コンクリート
2012.05.11
JBL
2012.05.10
人間家族ー『 The Family of Man 』
2012.05.09
まずは、簡単なプロフィールから。
1879年・・・ルクセンブルグ生まれ
1923年・・・ヴォーグ誌などを発行しているコンデ・ナスト社のチーフフォトグラファーになる。
1947年・・・ニューヨーク近代美術館の写真部長に就任。
1955年・・・『The Family of Man』展を企画。
『The Family of Man』
この展覧会は、結婚・誕生・遊び・家族・死・戦争という人類の普遍的に共有される営みをテーマ
として、68ヶ国・273人・503枚の写真から構成している。
第2次世界大戦を経た世界に向けて「全世界を通じて人間は本質的に単一である」という
メッセージを表明するものであった。
1956年には、日本橋高島屋へも巡回している。
出品作品はルクセンブルク公国へ寄贈され、ユネスコの「世界記録遺産」として永久展示
されています。
日本語版 ↓
あれから60年近くたった今もこの写真集は、衝撃的で、感動します。
スタイケンがこの展覧会に込めた真剣な思いが伝わってきます。
実際に写真集を見ていると、何だか言葉を失い、締め付けられる思いがします。
一枚一枚の密度が濃く、なんだか落ち着かなくなります。
「きみたちの足どりの下から新しい世界が生まれる・・・・・・」の文章が添えられた最後
のページの写真は本当に息が詰まる思いがしました。
ブルーノ・タウト
2012.05.07
桂離宮と日光東照宮
「泣きたくなるほど美しい」・・・これは、あまりに有名なブルーノ・タウトの桂離宮を見ての第一印象です。
タウトは桂離宮を讃美し、細部に至るまでその美しさをたたえていました。
『タウトの言葉』
「古書院の間から眺める御庭の素晴らしい景観。それだのに新書院の前の御庭には、もうこのような造園術は見られない。藝術的鑑賞のこのうえもない優美な分化だ、すべてのものは絶えず変化しながらしかも落ち着きを失わず、また控え目である。眼を悅ばす美しさ、・・眼は精神的なものへの変圧器だ。日本は眼に美しい國である。」
というように、最高の賛辞となっている。
タウトは2回、桂離宮を訪問しており、それをまとめたものに「永遠たるもの」と「画帖桂離宮」がある。特に前者は桂離宮の訪問記として、彼の著書「日本の家屋と生活」の終章を飾るものであった。
2回目の訪問時も、同様に「涙はおのずから眼に溢れる」と表現している。
桂離宮を2回目に訪れた2週間後に、今後は日光を訪れている。
帝国ホテルの建築家であるフランクロイドライトも宿泊したことで知られる金谷ホテルに出向き、次の日に日光東照宮へ立ち寄っている。
そこで、タウトは日光東照宮を痛烈に非難する。
「すべてが威圧的で少しも親しみがない」とか「華麗だが退屈だ」とか「珍奇な骨董品の感じ」と罵声を浴びせた。ついには「建築の堕落だ・・・・しかもその極致である」と結論づけてしまった。
書籍などでこの2つの建物はほとんど同年代に造営されたのが分かっている。また、同じ人々が関係して作り出されたことも分かっている。
にも関わらず、両者は対極的とでも言うべき極端に異なる造形になっている。
もちろん二つの建築用途は違ってますが・・・桂離宮:皇族の別荘。
日光東照宮:徳川家康を神として祀るための宮寺。
先日、始めて日光東照宮を訪れ(ブログ:栃木県:2)、上記の事が本当に不思議でした。
どちらが好きかは人それぞれですが・・・・・・・・・・・・・・・・・。
『 桂 』
2012.05.05
今回は桂離宮の話ではなく、写真集についてです。
今年2012年2月6日に90才でこの世を去った写真家への追悼の意味で、写真集を購入しました。
1921年サンフランシスコで生まれ、幼い頃に一時日本に帰国し、1939年に再び単身で渡米。
第2次世界大戦中にコロラドの日系人収容所に入る。
戦後はシカゴのニューバウハウス(現イリノイ工科大学)写真学科に入学し、ハリー・キャラハンやアーロン・シスキンの下で写真を学んだ。この頃にモホリ・ナギ賞を2度受賞している。
1953年に日本に戻り、浜口隆一・丹下健三・前川国男・坂倉準三・堀内捨巳・吉村順三 等と交流を持つ。
石元はエドワード・スタイケンとも交流があり、MOMAで開催された伝説の展覧会「The Family of Man」の日本側の出品作品を収集する仕事もしている。
その後に代表作のひとつとなる桂離宮の撮影を開始する。
1957年に第1回日本写真批評家協会作家賞
1969年には、有名な写真集「シカゴ・シカゴ」で毎日芸術賞を受賞。
1996年には文化功労者顕彰に選出。他数々多くの賞を受賞している。
※ちなみに「The Family of Man」は2003年にユネスコの世界記録遺産に登録されています。
『著書解題』・・・・・・内藤廣との「対談」の中で、石元は面白いことを言っている。
石元・・・「桂を始めて見たとき・・・・やっぱり庭なんだよね。何よりも一体感があった。庭に立つと、黒みを帯びた柱・鴨居・廊下の手すりが分割する建物の構成とか、緑の芝生とビロードのような苔の上を雁行する踏み石、そうしたものに独特のリズムを感じて心地よかった。書院の白壁と、わずかに陰影を持つ白い障子がまず目に飛び込んできて、その時、なぜかミース・フャン・デル・ローエの建物を思い起こしたんだ。学生時代に写真技術の演習でミースの建物を練習台にしたことがあるから、それでかな。ミースのピロティと古書院の縁側が一緒になっちゃった。」
内藤・・・・見てすぐに「レイクシュアドライブ」を思い出したのですか?
石元・・・・そう、桂に関しては、古い建築と言うよりも、最初からミースみたいな”モダンな形”をその中に見ていたんだろうね。・・・・・・・・・・。
石元さんの『桂』は先入観もしがらみも無く、とても純粋であり、写真集は、世界・日本を圧巻した。
■ 「KATSURA」日本建築における伝統と創造 テキスト:ワルターグロピウス
レイアウト:ハーバート・バイヤー
■ 「桂」日本建築における伝統と創造 テキスト:丹下健三
レイアウト:亀倉雄策
■ 「桂離宮」 空間と形 テキスト:磯崎新
レイアウト:太田徹也
上記3種類の桂離宮を撮影した写真集はあまりにも有名で、それぞれ”グリピウス版””丹下版””磯崎版”として世に出ている。
上記の写真集は入手が難しく,何より高額という事もあり、購入はあきらめました。
今回、私が購入した写真集は・・・・『桂離宮』 テキスト:内藤廣
解説:横山正
装丁・デザイン:太田徹也
これは「伝統と創造」撮影時の写真に、「空間と形」撮影時のモノクロ写真も加えて再編集したものです。
何といっても、モノクロの『桂』はいい。特にこの写真集の黒の深さには感動です。
石元泰博の
桂以外の作品・・・・・・・・・・ シカゴ・シカゴ (石元の出世作です。)
両界曼荼羅ー東寺蔵 国宝「伝真言院両界曼荼羅」の世界
HANA
シブヤ・シブヤ
色とかたち
湖国の十一面観音
刻(とき)Moment
ちなみに愛用カメラはもちろん「ライカ」です。
↑・・・・・ニューバウハウスの校長を務めた芸術家『モホイ=ナジ・ラースロー』の本です。
石元泰博が大きな影響を受けました。
栃木県:3
2012.05.02
いくつか紹介。
宝積寺駅
天井が印象的です。
ちょっ蔵広場
蔵のリノベーションです。
既設の石(大谷石)870×260を加工して積み上げた。
石と鉄のハイブリット構造。
「透明な大谷石の壁」
外壁はもちろん『大谷石』。
那須芦野・石の美術館
街の中に突然 現れます。
私も大好きな『芦野石』です。
外部からは、閉鎖的ですが、内部のイメージは違います。↓
室内空間。
茶室内部の壁。
グレーの石:芦野石
茶の石:芦野石を焼いた物。
那須歴史探訪館
石の美術館のすぐ近くです。
この季節・・・桜が満開です。
那珂川町馬頭広重美術館
木製格子・・・・・八溝杉
床・・・・・・・・・・・芦野石(白河石)
壁・・・・・・・・・・・烏山和紙
やはり 栃木県も震災の影響がいろいろな場所でありました。
栃木県:1
2012.04.29
その中でも変わらず 人気のある石に『大谷石』があります。
大谷石の壁と瓦屋根が印象的な建物。 廻りの景観に溶け込んでいます。
壁がいいですね。
本館の駐車場からレセプションに向かう屋外通路です。
左の壁:大谷石
右の壁:杉板本実型枠コンクリート打放し仕上げ+杉板張り
アプローチ床:大谷石
駐車場床:ピンコロ石
本館 レセプション横のリキュールルームです。
客室棟・・・構造:鉄筋コンクリート造
外壁:木質ルーバー(セランガンバツー)
やはり・・・森の中に建ってます。
散策路から東館のメイン棟方向を見る。